熱いよ、お湯端会議。


  • 白い湯気は、もう何百年もお湯端会議を聞いてきたことだろう

  • 湯がいた野沢菜を、アクを抜くため手でさらに揉む

90℃のコミュニケーション

ぽこりぽこりと、湯面が動く。湯気が沸き立ち、心地よい硫黄の香りが漂う。
野沢温泉村の「麻釡」は、この地の呼吸器のようだ。90。Cを超える湯が、絶えることなく湧き出している。
「この温泉で野菜を湯がくと、『甘もっくり』とした味になるのよ」。竹井孝子さんは、ホウレンソウを籠ごと麻釡に浸けた。この村で民宿「米太郎」を営むかたわら、「郷土料理研究会」の代表を務める。麻釡で野沢菜、ホウレンソウ、卵などを湯がき、調理するのは野沢温泉村ならではの伝統。さながら共同の台所だ。温泉で甘味が増した野菜を家庭、そして民宿で饗する。地元の人々だけの特権を、客となれば享受できるのだ。
そうこうするうちにご近所の奥さんも、野沢菜をいっぱい抱えてやってきた。「こないだの雪の後だからノリが出ておいしくなってるでしょ」「そっちはホウレンソウ?」―世間話に花が咲く。もはや死語となりつつある「井戸端会議」は、温泉の村で「お湯端会議」となって生きていた。

この奥さんも郷土料理研究会のメンバー。野菜や料理の情報もお湯端で盛んにやり取りされるのだろう。研究会は、地元料理のPR以外に、他所から来たお嫁さんに野沢菜の料理を伝えるという役目も担っている。この村の結束を、料理で強めるがごとく。賑わいを呼び戻すためには、地域の一体感が必要なのだ。特産の食材によるキラーコンテンツ作りに、かつてのお嫁さんたちが立ち上がった。

「ただいま」と言って来るお客さん

研究会の成果は、既にいくつも生まれている。代表的なのは「野沢菜コロッケ」。春まで漬けられて発酵が進み、酸味が増した「古漬け」と呼ばれる野沢菜を混ぜ込んでいる。昔から佃煮やおやきに活用されてきたが、揚げ物として新境地を開いた。朝市で売り、サクッとした食感と酸味で絶大な人 気を博している。春に薹立ちした葉を使った「野沢菜入り刺身こんにゃく」もある。日持ちがするからお土産人気が高いという。
「コロッケはね、村長が好きなんですよ」と、竹井さんは笑う。村の企画で野沢菜活用のレシピ作りが始まり、竹井さんたちが協力者として集まった。それが発展したのが研究会だ。一大イベントである1月の道祖神祭りに合わ せて「子宝丼」や「道祖神鍋」も開発した。村の観光に、食べ物で貢献。人々を、 胃袋から温めている。
竹井さんが営む民宿へ、常連のお客さんは「ただいま」と言ってやってくるという。もともと民宿はホームステイのようなものだが、特に野沢温泉は「家族感覚」が強い。「外から来た人にも、気さくに手を振るのが野沢流なの」 と竹井さん。ことさら気を張らず、ごく自然に接する。だから、「お客さんのために働くことが苦にならない」という言葉にも実感がこもる。家族のためには、苦労もいとわないものだから。
近ごろは外国人観光客も増え、村を挙げての英語教育にも力が入るという。もともと村人に備わっているお湯端会議で培ったコミュニケーション力と、土地の自然からもらった知性が、通り一遍ではないおもてなしを生む。野沢の人々の根底には、やはりたぎった源泉が流れているに違いない。

大人気の野沢菜コロッケも、
信越人の知性が生み出した一つの結晶だ

そのほかの達人達をみる

  • 渋峠ホテル 児玉幹夫 山ノ内町
  • 竹内農園 竹内昭芳 木島平村
  • マタギ 福原和人 栄村
  • サンクゼール代表取締役 久世良三 飯綱町
  • 小林一茶、七代目子孫 小林重弥 信濃町
  • 日本きのこマイスター協会 前澤憲雄 中野市
  • 人形作家 高橋まゆみ 飯山市
  • ネイチャーガイド 敷根俊一 妙高市
  • 郷土料理研究会会長 竹井孝子 野沢温泉村

ページトップ